最近、小説や詩を読むことにハマっている。作家は新旧問わず。
特にお気に入りなのが、宮沢賢治、青山美智子、吉屋信子、そして井澤みゆきである。
宮沢賢治は、教科書に長年掲載されているほどの、超ロングセラー作家である。
青山美智子は、何冊も自身の作品が出版されるほどの、有名作家。
吉屋信子は、当時、少女小説作家として絶大な人気を誇っており、女性同士の作品を多く残した。
自身もレズビアンだったため、晩年は女性と養子縁組をとって暮らしたという。
そして、井澤みゆき。
現在読み進めている小説「いっそあの方が死んで下すったなら」の作者である。
作家の名前を存じていなかったが、”吉屋信子が憧れた幻の少女小説作家だった“ということで興味を持ち、購入。
読み進めるうちに、なぜこの方の小説が世で有名にならなかったのかということに驚きを隠せなかった。
一部界隈では有名なのかもしれないけれど、いち庶民の私は知らなかった。
正直、吉屋信子よりも、こちらの作家さんのほうが読みやすかった。(小声)
名が売れている人と、名が売れず時代の渦にそのまま消えてしまう人。
果たして何が違うのだろうか。
最近感じたのは、作品を生み出し、芸術に昇華するところは一人作業なのに、様々な人に自分の作品を読んでもらうには売り込むことが必須だということ。
つまり、引っ込み思案でただ作品を作っているだけでは、誰にも読まれないということ。
当たり前なのだけど。
売れるためには、自分か周囲の人物のプッシュ力が必要だ。
例として宮沢賢治を挙げよう。彼の作品は、本人の死後に作品が評価された。
その功績は弟の清六さんのおかげだといわれている。
ということは、彼自身は、自身の作品が教科書に載っていることも、多くの人々に読み伝えられていることも知らないのだ。
私は宮澤賢治が好きすぎて、花巻に何度も訪れている。
花巻は、どこでもかしこでも宮澤賢治の空気を感じられるため、好きな土地だ。
しかし、清六さんのプッシュがなかったらどうだろう。
私は宮沢賢治という名を知らず、作品を知らず。
彼は時代の渦に巻き込まれていただろう。
この世で、どれくらいの創作者が、時代の渦に巻き込まれて消えていったのだろう。
素敵な文章。思いつかないフレーズ。
売れている人も、売れていない人も、技術としては五十歩百歩に思える。
売れていない人に比べて、売れている人は、言葉選びも技術も素晴らしいとは言えない。
みんな、ある時に天から降ってきたフレーズを用いて創作しているだけ。
そのフレーズが売り込み力がある人に刺さるか。本当にそれだけ。